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スピン系における波動と相転移

はじめに

古典物理学では、角運動量は、回転するコマ、回転する惑星、原子の軌道を回る電子など、軸を中心とした物体の運動から生じる。しかし量子物理学では、基本粒子はスピンと呼ばれる固有の量子化された角運動量を持っている。この性質は、磁性などの物質的性質から量子コンピューティングなどの現代的応用に至るまで、様々な物理現象において重要な役割を果たしている。

この問題ではスピンを古典的に扱い、定性的には正しい結果を導く。スピン-スピン相互作用、磁場下での運動、統計物理学を通してスピン系の物理を探求し、磁石におけるスピン波や相転移の出現を理解する。

有用な情報:

$\cosh(x)\equiv \frac{e^x+e^{-x}}{2} $, $\sinh(x)\equiv \frac{e^x-e^{-x}}{2}$, $|x|\ll1$ においては、$\tanh(x)\equiv \frac{\sinh(x)}{\cosh(x)} \approx x-\frac{1}{3}x^3$と近似できる。

モーメント$\vec{\mu}$ の磁気双極子から$\vec{r}$ 離れた位置での磁場は次式で与えられる ($\mu_0$ は真空の透磁率):

$$\vec{B}=\frac{\mu_o}{4\pi} \left(\frac{3(\vec{\mu}\cdot\vec{r})\vec{r}}{r^5}-\frac{\vec{\mu}}{r^3}\right)$$

パートA:磁気双極子の歳差運動と相互作用(1.2点)

半径$R$ 、全質量$M$ 、電荷$Q>0$ が一様に分布したリングを考える。リングは質量中心を通る垂直軸の周りを角速度$\omega$ で回転する。

A1 リングの磁気モーメント$\vec{\mu}$ は角運動量$\vec{L}$ を用いて$\vec{\mu}=\gamma \vec{L}$ のように書くことができる。この系の磁気回転比(ジャイロ磁気係数)と呼ばれる定数$\gamma$ を、$Q$ と$M$ を用いて求めよ。

リングは弱い一様磁場$\vec{B}=B\hat{z}$ の中に置かれ、$\vec{\omega}$ と角度$\theta$ をなす(図A.1参照)。

図A.1.

A2 外部磁場による角運動量歳差運動の角周波数$\omega_L$ (いわゆるラーモア周波数)を$B$ と$\gamma$ を用いて表せ。正の方向を$+z$ に対して反時計回りとする。

ここで外部磁場をオフにして、新しいリングの磁気モーメント$\vec{\mu}_2$ が$\vec{\mu}_1$ と角度$\theta$ をなすように、元のリングから水平距離$d\gg R$ のところに同じリングを配置する(図A.2参照)。

図A.2.

A3 2つのリングの間の磁気相互作用エネルギーは$U=J_0 \vec{L}_1\cdot \vec{L}_2$と書ける。ここで、$J_0$ は定数、$\vec{L}_i$ は$i$番目のリングの角運動量である。$\gamma, d$ と基本定数を用いて、$J_0$ を求めよ。

パートB. スピン波(4.5点)

以下ではスピンのダイナミクスを調べる。スピンとは、固有の角運動量$\vec{S}$ を持つ粒子であり、パートA.1と同様に磁気回転比 を介して$\vec{\mu}=\gamma \vec{S}$ で決まる磁気モーメント$\vec{\mu}$ を持つ。

2つのスピンの磁気双極子は互いに相互作用する。しかし、この相互作用は、古典系には存在しない量子力学的な起源から生じる別の相互作用に比べれば無視できる。興味深いことに、この量子相互作用のエネルギーは、A.3部で見いだしたのと同じ形をしており、$\vec{S}_1\cdot \vec{S}_2$ に比例するが、符号は逆である。

次に、非常に長いスピンの鎖を考えよう。図B.1のよスピンの位置は$x$-軸に沿って固定され、互いの距離は$a$ である。最近接スピン間の相互作用のみを考慮することで、系の全エネルギーを次のように近似する。

$$E=-J \sum_i \vec{S}_i\cdot \vec{S}_{i+1}$$

ここで、$J>0$ は相互作用の強さ、$\vec{S}_i$ は$i$番目のスピンの角運動量ベクトルで、大きさは$S$ である。スピンベクトルは3次元空間で自由に回転する。エネルギーの符号が前のパートと異なることに注意せよ。この相互作用は純粋に量子力学的なものである。

図B.1.

B1 全エネルギーの中で$\vec{S}_i$ を含むエネルギー項は、有効磁場$\vec{B}_{i,\text{eff}}$ と$\vec{S}_i$ の磁気モーメントとの間の相互作用エネルギーと見なすことができる。$\vec{B}_{i,\text{eff}}$ を求め、その答えを$J$ 、ジャイロ磁気比$\gamma$ 、および他のスピン$\vec{S}_j$ (添字$j$ は$i$ との関係を明示すること)を用いて表せ。

B2 有効磁場の概念を用いて、$i$番目のスピンベクトルの変化率$d\vec{S}_i/dt$ を、$J, \vec{S}_i$ と他のスピン$\vec{S}_j$ (添字$j$ は$i$ との関係を明示すること)で表せ。

パートBの残りの部分では、系が$z$ 方向に強く磁化されていると仮定する。そのため、図B.2のように、各スピンに対して近似値$S_{i,z}\approx S$ と$dS_{i,z}/dt\approx0$ を使用する。この前提のもとでは、スピンの時間発展を記述する方程式のセットは、波数ベクトル$k$ と角周波数$\omega$ によって特徴づけられる$S_{i,x}$と$S_{i,y}$ の進行波解によって満たされる。

図B.2.

B3

$J, S$ と$a$ を用いて、スピン波の$\omega$ と$k$ の関係(分散関係として知られる、$\omega(k)$ )を求めよ。

ヒント:$i$番目のスピンの位置を$x=a\cdot i$ として表現する。


上記のスピン波はエネルギーと運動量を運ぶ。低エネルギーでは、そのエネルギーと運動量の関係は、有効質量$m_\text{eff }$の古典粒子での関係に似ており、準粒子としてとらえられる。

B4 小さい$k$ ($k\ll1/a$)について、スピン波の有効質量$m_\text{eff}$ を求めよ。答えを$J, S, a$ と基本定数で表せ。

スピン波は、中性子非弾性散乱を用いて実験的に調べることができる。中性子は正味の電荷はゼロだが、有限のスピンを持っており、他のスピンと相互作用することができる。

B5 初期状態では鎖のスピンはすべて$z$ 方向を向いているとする。図B.3に示すように、低エネルギーの中性子が鎖との入射角$\theta_{in}$ で$x-y$ 平面上を進み、角度$\theta_{out}$ で散乱する。中性子が1つの低い波数ベクトルのスピン波を励起すると仮定して、スピン波の有効質量$m_\text{eff}$ を、$\theta_\text{in}, \theta_\text{out}$ と中性子の質量$m_n$ を用いて求めよ。ただし、鎖は静止していると仮定する。

図B.3.

パートC. スピン鎖の相転移(4.3点)

次に、スピンベクトルが$z$-軸に沿って上下どちらかを指すように制限されていることを除いて、パートBと同じ$N$ スピンからなる鎖を考える。$z$ に沿ったスピン成分は$S_{i,z} = s_i S$ 、ここで$s_i=\pm 1$ 、図C.1を参照せよ。最近接相互作用に加えて、$z$-軸に沿った外部磁場があり、系の全エネルギーは次式で与えられる。

$$E=-\tilde{J}\sum_i s_i s_{i+1} - h \sum_i s_i.$$

$\tilde{J}\geq0$ を仮定し、$h$ は外部磁場に依存する定数である。スピン系は温度$T$ の熱浴と平衡にある。鎖の端は無視する。

図C.1.

C1 まず、$\tilde{J}=0$ とし、あるスピンが磁場の方向を向いている確率$p_\uparrow$ と、磁場と逆方向を向いている確率$p_\downarrow$ の比を求めよ。$p_\uparrow/p_\downarrow$ を$h$,$T$ と基本定数で表せ。

C2 $h$,$T$ および基本定数を用いて、$N\gg 1$ に対する系の平均磁化$\bar{s}\equiv\frac{1}{N} \sum_i s_i$ を求めよ。磁場$h$ が$-h_0$ から$h_0$ の範囲にある場合、$h_o\gg k_BT$,$h_o\approx k_BT$, $h_o\ll k_BT$ のそれぞれのケースについて、$h$ の関数として$\bar{s}$ のスケッチを作成せよ。

残りの質問では、磁場をオフにするので、$h=0$ そして$\tilde{J}>0$ とせよ。

C3 基底状態(最もエネルギーの低い状態)のエネルギー$E_g$ を求めよ。答えを$\tilde{J}$ と$N$ で表せ。

各スピンとその両隣りのスピンとの相互作用を考える代わりに、各スピンはその近傍の平均磁化$\bar{s}$ と関係つける。

C4 系のエネルギーを全スピンの和を用いて以下のように近似する。
$$E=-\tilde{J}_{\text{eff}} \sum_i s_i$$$\tilde{J}_{\text{eff}}$を$\tilde{J}$ と$\bar{s}$ で表せ。

C5 C.2 の結果を用いて、平均磁化$\bar{s}$ が満たすべき方程式を求めよ。この方程式の解の数は$T$ に依存する。解の数が変化する臨界温度$T_c$ を求めよ。答えを$\tilde{J}$ と基本定数で表せ。

C6 $T<T_c$ および$T_c-T\ll T_c$ のとき、$\bar{s}$ のすべての可能な値を求めよ。答えを$T$ と$T_c$ で表せ。温度$T$ が$0\leq T\leq 2 T_c$ の範囲にあるときの$\bar{s}$ のすべての可能な値を求めよ。

C7 $T>T_c$の場合に物質のどの磁気相に対応するか、常磁性か強磁性のどちらかを選べ。$T<T_c$ の場合についても、常磁性か強磁性のどちらかを選べ。